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デーツを初めて食べた時

アゼルバイジャン1泊4日の旅。

 

前回の記事:アゼルバイジャンの空港は宇宙船そのものだった話

 

空港から市内へのバスに乗って10分くらいすると、いかにも旧ソ連的で威圧的なアパート群が見えてきた。

どの建物もかなり古く、基本的に土色で飾り気がない。後で調べたところによると、これら無機質な建をスターリン様式と言うらしい。

下調べのときに見たような、派手で奇怪なデザインの建物は実はそんなに数は多くないらしく、

先程の宇宙船みたいな空港とか、バクーの名物「フレイムタワー」などごく一部の建物に限った話であり、それ以外のほとんどの建物は味気のないソ連時代のままだ。

これらの土色のアパートを見ていると、心が縛られているような気持ちになる。

 

 

アゼルバイジャンの侵略の歴史

なぜ、あの色気のない建物達を見たら、胸を鷲掴みにされるような気持ちになるのだろう。

 

この国の歴史は侵略の歴史で、何千年も前から国土を他国に蹂躙されてきた歴史がある。

今までに何度も支配されているのだ。

この国にはもともとの宗教があったのだが、7世紀にアラブが支配するとイスラム教への改宗を強制され、11世紀にはモンゴル帝国に支配され、その後トルコ系民族が侵入し、17世紀にはイランの王朝に支配された。

その後、18世紀にはロシア帝国の領土に編入され、1920年頃ロシア革命が起こったところで、やっと独立することができると思えばイギリスが侵攻。

イギリスの進行にロシアの赤軍が反応し、バクーにロシア主導の政府が置かれた。

ソビエト連邦が誕生すると、アゼルバイジャンはそのままソ連の構成国の一つに。

本当に独立国家として一人立ちできたのはソ連崩壊後の1989年で、ほんのちょっと前のことだ。

 

そんな苦難の歴史をこの国は歩んできた。

2000年の間、一つの政権が統治する日本は本当に稀有な国だと感じる。

 

カスピ海
夕焼けのカスピ海

 

そういう歩みを経て今日のアゼルバイジャンがあるのだが、あの土色の建物を見ていると、辛い侵略の歴史のためにアゼルバイジャンにはカラフルな色が育ってこなかったのだろうと思ったりもした

アゼルバイジャンの土色に比べ、日本を彩る色はいかにカラフルで、文化の色の何と濃いことか。

 

異国が攻めてきて、国を乗っ取られると、それまで積み重ねてきた文化は全て捨てられる。

日本人は自前の文化が与えてくれる恩恵を、気づかない内に当たり前のように享受しているが、アゼルバイジャンには日本のように、自分らを癒やしてくれるような自前の文化はあるのだろうか。私にはわからない。

 

アゼルバイジャンの人たちはきっと、自らの自由を得るため、自分らの文化を今から創るために、あの空港や「フレイムタワー」のような奇っ怪な建物を作り、それを自らの文化にしようと思っているのではないだろうか?

 

フレイムタワー

 

フレイムタワー
異様な雰囲気を醸し出す「フレイムタワー」 著者撮影

 

 

そうだとすれば、それは傍から見ればちょっと微妙だが、パワーを感じはする。

ソ連時代の土色の建物は、アゼルバイジャンの人たちにとって、もともとは他国のものなのだ。

それら全てを自分色に塗り替えようと、アゼルバイジャンの人は必死に違いない。

ちなみに、アゼルバイジャンにおけるイスラムは、あまり戒律が厳しくない。

なぜならイスラムもアゼルバイジャンの人にとっては、もともとは他国のものだからだ。

 

そういうことを知るのも感じるのも、やはり自分の目で、”生”で見てみないとわからない。

 

 

旧市街の様子

バスが市街地に着いた。

市街地に着くと、ますます”写真の中”じゃない、”生”のバクーを感じた。

人の声がそこら中からけたたましく響き、人が行き交い、秋とは思えないほど空気は熱く乾燥している。 人が忙しく行き交うから、土煙がまた大きく舞う。

人はおしゃれを決め、肩で風を切って歩いていて、経済的に活気づいたまたとない今を、後悔のないよう精一杯楽しんでいるように見えた。

宿のある場所はバクーの中にある旧市街と呼ばれるところで、ここは何と11世紀頃からあり、なんとも趣のある地区だ。

石畳のとても狭い路地が迷いそうなくらい入り組んでいて、 家の前では猫が寝て、人が椅子や絨毯を敷いて談笑している。

先程のソ連風な雰囲気とは違い、イタリアの田舎のようでとても心地よかったが、これでさえも他国の侵略の遺産なのだろうか。

 

バクー旧市街

バクー旧市街
旧市街の様子 著者撮影

 

 

その時の私は実際30時間は横になっておらず、眠いのか疲れなのか、それさえもよく解っていないくらい頭がぼんやりしていて、

旅の興奮によって分泌されたアドレナリンが、なんとか私の意識を保っていた感じだった。

正直足がフラフラで、正常な判断力もなく、この狭い路地の小さな宿を見つけられるのか正直自信はなかったが、ここまで来たら後はもう「なるようになれ」な気持ちで、石畳の道をゴトゴトと重いスーツケースを引いて歩く。

流石に暑くなりカーディガンを脱ぐ。いまのところ私のようなカーディガンを来ている人を、この国で見たことがない。

 

 

すると、なんと宿が見つかった。

見つかった瞬間ホッと安心したが、パッと見「宿」ではなくその辺のお宅にしか見えないので、「おかしい」と思った私はすぐさまスマホを見て確認したが、どうやらここに間違いない。

よく見ると英語で張り紙がしてあって、「宿泊の方は鳴らしてください」と書いてあり、扉には映画とかで見るような大きな呼び鈴が付いていた。

たまに相部屋の宿に泊まったりするのだが、そういう宿の大抵は呼び鈴とかベルが付いていて、若干人見知りのわたしにとって、どんな人間が出てくるのかわからないこの瞬間は緊張する。

呼び鈴を鳴らすと、年は同じくらいだろうか、イケメンの管理人さんが来てくれた。

でもこの辺の国の人って、年下でも年上に見えたりするから実際のところの年齢はわからない。聞いておけばよかった。

ちょっとシャイそうなその管理人さんと、もうひとり彼女さんだろうか、2人で運営してるらしい。

 

宿から見た景色
宿から見た景色 著者撮影

 

 

彼らのお宅をそのまま宿として使っているようでいかにも生活感があり、わたしの自宅みたいに狭く、物で溢れてごちゃごちゃしている。

フローリングが見えないくらいアラベスクの絨毯を敷いてあるところが、いかにもこの辺の国らしい。

そんな人の匂いのする温かみのあるこの宿を、宿をわたしはすぐに気に入ってしまった。

お兄さんはシャイそうだけど優しくて、「お茶を飲むかい?」と聞いてくれたので頂くことにした。

いかにもおばあちゃん家にありそうな、なにかの懸賞で当たったような花がらのマグカップに、温かい紅茶を淹れてくれた。

紅茶と一緒に「おやつだよ」と、持ってきてくれたのがデーツだった。

 

デーツを初めて知った

わたしはその時に初めてデーツを知った。 名前は中東諸国を何度か旅しているときに聞いていたので知っていたが、「食べてみたい」と思いつつも食べる機会がなかったので、彼がデーツをくれたときはとても嬉しかった。

どんな味がするんだろう。きっとドライマンゴーみたいな味なんだろうか。

恐る恐るデーツを食べたら、なんだか不思議な感じがした。美味しいには美味しいが、それ以上にわたしが感じたのは、ここまでの約30時間の記憶だった。

疲れ、眠たさ、人のむさ苦しさ、人のうるささ、暑さ、土煙。

そんな、わたしがここに着くまでに感じた事すべての味が、このデーツを食べて思い出された。

30時間横になれず、寝たのか寝ていないのかわからない状態で、アドレナリンだけで生きていて、実は半ば死んでいたのかも知れない。

だからデーツみたいな果物を食べてホッとリラックスした途端に、思い出が走馬灯みたいに頭の中を走り出したのだろう。

 

出してくれた朝食
出してくれた朝食 肝心の紅茶とデーツの写真を撮っていない

 

いかにも健康志向の日本人みたく「デーツは栄養豊富な身体に良い食べ物」、なんて難しく考えながら食べるのもいいが、

わたしにとってのデーツは、自分の足で苦労して汗を流して、それでも楽しく歩いた感覚を再び呼び起こす記憶の実だ。

 

砂漠のキャラバンのお供には必ずデーツがあり、デーツのおかげでキャラバンは活力を取り戻し、また何十キロも歩くことができたという。

でもそれだけじゃないと私は思う。

キャラバンの人がデーツを食べる時は、決して栄養補給のためだけじゃ無く、

小さい頃からの記憶、親の記憶、いろいろな記憶をデーツを食べる度に思い出し、デーツを食べる度に心を震わせたからこそ、歩き続けられたのだと思う。

そういうわけで、わたしは日本人で一番、キャラバンの人の気持ちに近づけたのだと一人勝手に思っている。

 

 

 

中東ではデーツは「神の実」と呼ばれることもあるそうで、私も私なりにデーツは神の実だと思っている。

デーツは私にとって、健康食品というよりも旅の記憶そのものであり良い思い出であり、

そしてそれらの記憶はデーツが呼び起こしてくれる。

そういう意味でもデーツは私にとっても神様の実なのだ。

 

デーツを食べたとき、ここバクーに来て本当に良かったと私は思った。

その宿には1泊したのだが、私が外出から戻ってくる度に、彼は紅茶とデーツを出してくれて、その心遣いがまた嬉しかった。

出すことを仕事とは思っておらず、もてなしの気持ちで出してくれていた感じがしたのだ。

 

わたしが外出から帰ってくる度にデーツを頂いて、朝食にもデーツを頂いて、アゼルバイジャンを去る時もお土産にデーツを買って、

飛行機のおつまみで出たデーツを食べて、ひとり泣いてしまったのは、決して変なことじゃないはずだ。

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トルコのお菓子、バクラヴァです。 この商品はworldsweetsが、バクラヴァの本場、トルコから独占輸入した商品になります。 ほとんどのバクラヴァの物凄い甘さですが、 この商品は甘さが少し控えめの、食べやすいタイプになっております。 軽くレンジでチンすればまさしく、トルコのカフェで出されるバクラヴァに。 日本ではまだ取り扱い…

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商品紹介

中東でおなじみののドライフルーツ「デーツ」を、チョコレートとオレンジで包んだお菓子です。 チョコレートは、世界中のパティシエ、ショコラティエに使用される、 スイスのバリーカレボー社製の、高品質なチョコレートを使用。 使用されるカカオ豆も最高品質のものを使用しております。   デーツはサウジアラビア産のものを使用…

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トルコ・中東のスイーツ専門店|World Sweets

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トルコをはじめ、中東・中央アジア周辺のお菓子をメインに、世界中のスイーツを輸入販売しております。バクラヴァやロクムなど、日本ではまだ取り扱いが少ない海外の伝統菓子は、ご自宅用はもちろん、ギフトなどの贈答用としてもおすすめです。「家庭に現地の風を」を合言葉に、「味」と「感じる」をお届けいたします。是非一度ご賞味ください。

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